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門司簡易裁判所 昭和58年(ハ)84号 判決

原告

株式会社大信販

右代表者代表取締役

平野一雄

右訴訟代理人弁護士

松田哲昌

被告

安間思慧

右訴訟代理人弁護士

住田定夫

江越和信

主文

原告の請求は、全部之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三〇万九八七〇円及び内金二九万八〇〇〇円に対する昭和五八年五月七日から完済に至るまで年二九・二パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外安間苣栄との間において、昭和五七年一〇月五日、左記要旨の契約をした。

(一) 訴外人は、原告に対し、左の商品売買代金を加盟店へ立替払することを委託する。

売買の日 右同日

売主(加盟店) 新島工業株式会社

商  品 太陽熱温水器

代  金 金二九万八〇〇〇円

(二) 訴外人は、原告に対し、右代金相当額に手数料を付加した金四一万五七一〇円を、昭和五七年一一月から同六二年一〇月まで六〇回に分割し、毎月二七日に金六九〇〇円宛支払う。但し、初回は金八六一〇円とする。

(三) 訴外人が右割賦金の支払を遅滞し、原告が二〇日以上の期間を定めた書面でその支払を催告し、被告がなおその期間内に履行しないときは、被告は残額につき期限の利益を失う。

(四) 遅延損害金は年二九・二パーセントの割合とする。

2  被告は、前項の契約の日に、原告に対し、訴外人の前項の債務について、連帯保証を約した。

3  原告は、加盟店に対し、昭和五七年一〇月末日、前記商品代金を立替払した。

4  原告は、訴外人に対し、昭和五八年四月一五日到達の書面で、昭和五七年一一月分から同五八年三月分までの未払割賦金三万六二一〇円を昭和五八年五月六日までに支払うよう催告した。

5  よつて、原告は被告に対し、右立替金から未経過期間手数料相当額を控除した立替金残額三〇万九八七〇円、及びその内の立替元金相当額たる金二九万八〇〇〇円に対する昭和五八年五月七日から完済に至るまで年二九・二パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求原因)

6  仮に前記2項の被告の連帯保証が認められないとしても、本件太陽熱温水器は日常生活用品であり、本件の売買契約及び立替払契約がなされたときは、訴外人と被告は、被告を夫、訴外人を妻とする夫婦であつた。

7  よつて、原告は被告に対し、民法七六一条による連帯債務の履行請求として、前記5項のとおり立替金及び之に対する遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

1  請求原因1項の事実は知らない。

2  同2項の事実は否認する。

3  同3項の事実は知らない。

4  同4項の事実は知らない。

5  本件立替払契約が締結されたとされている昭和五七年一〇月の頃、被告と訴外人が夫婦であつたことは認める。

(日常家事債務性に関する被告の主張)

6  本件立替金は、以下に述べる通り、民法七六一条の日常家事債務には当らない。

(一) 本件温水器の購入自体が、日常の家事に関する法律行為に当らない。

その理由は以下のとおりである。

品物の売買代金債務が民法七六一条の日常家事債務となるのは、家族の共同生活関係に通常必要とするものを購入した代金に限られるべきである。然るところ、太陽熱温水器は、次第に普及しつつある製品ではあるが、今のところどこの家庭でも設置しているというものではない。いわば、通常の家族の共同生活に必要ではないが、利用する家庭もある、という類のものでしかない。

また、家族の共同生活に通常必要とするものか否かの判断に当つては、当事者の収入や生活程度などを斟酌しなければならない。被告は昭和五七年一〇月頃は、月七万円強ぐらいの収入しかなかつた。妻である訴外人は住所とは別の所で食堂を営み、訴外人独自の収入源を有していた。このような状況の中で、被告の収入に比して著しく高額な品物を購入したものであり、また、訴外人が独自の収入を有していることは、売主の方も十分認識していた筈であるから、本件温水器の代金債務を日常家事債務として被告にも負担させるのは妥当でない。

(二) 一歩を譲つて、温水器の代金債務が日常家事債務に当るとしても、その代金の立替払契約は日常の家事に関する法律行為には当らない。

その理由は以下のとおりである。

立替払契約に伴う購入者の義務は極めて複雑で、かつ極めて重大な内容を含むものである。それは、多額の手数料の上乗せ、遅延損害金の定め、期限の利益の喪失、公正証書の作成義務、合意管轄の負担などである。これらは、いずれも、本来契約当事者として個々具体的に吟味して契約すべき事柄である。このような複雑重大な義務を、立替払契約による債務は日常家事債務であるとして、契約に関与していない他方配偶者にまで負担させるのは、何人の目にも不当であることが明らかである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1項について判断する。

被告本人の供述によると、本件立替払契約がなされたとされている頃、被告の自宅に太陽熱温水器が取付けられたことが認められ、この事実によると、甲第五号証の訴外人作成名義部分は真正に作成されたものと推認され、同号証によると、請求原因1項の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

二請求原因2項の事実は、之を認めるに足る証拠がない。証人池田秀樹の証言(第二回)によると、甲第六号証は原告会社の職員によつて作成されたものと認められ、同書の電話確認欄によると、被告は連帯保証を承諾したかのようにも見えるが、被告本人の供述と対比して検討すると、果して被告本人との間に通話がなされたものかどうか疑いを禁ずることができない。

よつて、連帯保証契約に基づく原告の請求は理由がない。

三請求原因3項の事実は、〈証拠〉によつて之を認めることができ、同4項の事実は、〈証拠〉によつて之を認めることができ、いずれもこの認定を左右するに足る証拠はない。

そして、本件立替払契約がなされた昭和五七年一〇月頃、被告と訴外人が夫婦であつたことは、当事者間に争いがない。

そこで、本件立替金債務が民法七六一条の日常家事債務に該当するか否かについて次に判断する。

四まず、本件の太陽熱温水器の購入代金が日常家事債務に該当するか否かについて検討することにする。

太陽熱温水器は、通常、家族の日常生活に使用されるものではあるが、生活必需品とまではいかず、また一般に普及しているとも言い難いところである。そこで、本件温水器の購入代金が日常家事債務であるか否かの判断は、本件温水器が被告の家族の日常生活に与えた効用の程度、若しくは日常生活における温水器の必要性の程度と、被告家族の日常の家計に対して温水器の購入代金がもたらす負担の重さの程度とを総合判断して決するのが相当と考える。

被告本人の供述によると、本件温水器は浴室用に設置されたものであるが、もともと浴槽にはガス釜が設置されていたことが認められるので、温水器の必要性は低かつたと認めざるを得ない。また、温水器使用によつて節約される分のガス代が、温水器の立替代金の月賦金額と較べてどの程度であつたのかはまつたく明らかでない。要するに、代金の負担さえ重くなければ、有るに越したことはないという程度に過ぎないものであつたと推認される。

次に、被告の家計の状況を見るに、被告本人の供述によると、昭和五七年一〇月頃は、被告の家族は被告夫婦と妻の両親の四人暮しであつたこと、被告の収入は一か月の手取りが七、八万円で、それは全部妻に渡していたこと、妻は小規模の食堂を経営していたことなどが認められるが、食堂の利益がどの程度であつたのかは判らない。それにまた、被告本人の供述によると、被告は温水器の設置に反対していたのを、妻が敢えて設置したことが認められる。

右のような被告家族の生活状況の下で、立替手数料も入れて合計四一万五七一〇円の債務を負担するのは、極めて重い負担というべきである。前認定の必要性の低さとこの債務負担の重さを考えると、その頃の被告家族にとつて、敢えて本件温水器を設置する理由はなかつたと思われる。従つて、本件温水器の購入は、民法七六一条の日常家事に関する法律行為には該当しない。

右のとおり、立替払契約の基となつた温水器の購入代金債務が日常家事債務に該当しないのであるから、本件立替払契約による債務が日常家事債務となることはありえない。

よつて、原告の予備的請求も理由がない。

五以上のとおりであるので、原告の請求を全部棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官福田精一)

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